最初の不妊治療クリニックに通うのを辞めた私。
その後は、またいつもの日常に戻りました。
食べたいものを食べ、欲しいものを買い、やりたいことをやり、寝たいときに寝る。
そんな日々に🤪
周りの友達には、結婚して子どもを産んだ人もいました。
でも、だからといって、自分が妊娠しないことと結びつけて何かを思うことは、あまりなかったように思います。
そもそも、自分が妊娠する姿を想像できなかったからなー🧐
友達が妊娠しても、それはその人の人生。
私が妊娠していないこととは、別の話。
そんな感覚だったんですよね。
ただ、ひとつ。
どうしても嫌だったことがありました。
それは……
周りに気を遣われること。
これが、本当に苦痛でした。
お爺ちゃんには、
「子どもはまだか?」
と聞かれる。
母親からは、
「子どもがいてもいなくても、あなたの人生だから」
と言われる。
母親の言葉は、きっと私を思いやってのものだったんだと思います。
子どもができなくても、私の人生は私のもの。
そう伝えてくれたんだよね。
ありがたやー🙏
地元に帰れば、久しぶりに会う友達からも、
「子どもは?」
と聞かれる。
そりゃそうだよね。
久しぶりに会った友達がいたら、
「元気だった?」
「結婚は?」
「子どもは?」
って聞いちゃう気持ちもわかるもん🤣
会えなかった期間に何があったのか、近況を知りたいだけなんだよね。
別に、子どもができない人に対して、わざわざ「子どもは?」って聞いている感覚ではないと思う😌
とにかく、子どもに関する話題が多かった。
そして、私の状況を知っている人からは、気を遣われる。
もちろん、みんな悪気があったわけではないと思います。
心配してくれていた人もいたでしょう。
ただ、当時の私には、それがとにかく煩わしかった。
地元に帰れば、子どもの話題になるかもしれない。
また何か聞かれるかもしれない。
そう思うと、地元に帰ること自体を躊躇するようになり、しばらく帰らなくなりました。
気を遣ってくれているのは、わかるんだけどね
そんな中、地元の仲良しの友達に子どもが生まれました。
妊娠中は、体調に気をつけてねと本当に思っていたし、出産してからは会いにも行きました。
子どもの成長についても、いろいろ話してくれました。
大切な友達です。
友達に子どもが生まれたこと自体は、もちろん嬉しかった。
そんなある日、私はその友達の裏垢を見つけてしまいました。
もうね、これは偶然、たまたま。
私もビックリよ🫨
そこに書かれていたのは、
「りんちゃんに子どもの写真送らないようにしてたのに、気づけば毎週送ってるわ🤣」
というような内容。
……。
ああ。
気を遣おうとしてくれていたんだな。
そう思いました。
私が子どものことで悩んでいるかもしれないから、写真を送るのを控えようとしてくれていた。
でも、仲の良い友達だし、子どももかわいいし、気づけば毎週送っていた。
そんな感じだったんだと思います。
……思いたい。
友達の気持ちはわかる。
わかるんだけど……。
なんとも言えない衝撃がありました。
ああ、なぜ裏垢を見つけたのだ、自分よ……。
別に、友達が悪いことをしたわけじゃない。
気を遣おうとしてくれていたこともわかる。
それでも、こうして自分が気を遣われる立場にいることを、改めて突きつけられたような気持ちになったのかもしれません。
今思い返しても、うまく言葉にできない感情です😅
たまたま見てしまったことは、その子には言えませんでした。
ただ、そこからなんとなく、その子に対してギクシャクし始めたなーとは思います。
これはまた、不妊治療とは別のお話だけどね。
とにかく私は、周りから気を遣われ続けることに嫌気がさしていました。
子どもができないことについて話すと、
「回数を重ねればできるよ!」
「そのうちできるよ!」
「まだその時じゃないだけだよ!」
いろいろな言葉をかけられました。
励ましてくれていたんだと思います。
相手に悪気がないこともわかっていました。
でもね。
それ、私にもわからないんですよ🥹
そのうちできるのかもしれない。
でも、できないかもしれない。
回数を重ねればできるのかもしれない。
でも、何回やってもできないかもしれない。
そんなこと、私にもわからない。
それなのに、何かを聞かれるたびに、どう答えればいいのかもわからない。
自分の状況を説明することもできない😩
周りからの言葉に、はっきりとした答えを返せない自分にも、うんざりしていました。
そして、ふと思ったんです。
不妊治療をしっかり受けて、もし妊娠しない原因がはっきりわかれば。
「私、子どもできないんだよ」
って、周りに言えるじゃん🙄
何かを聞かれても、曖昧な返事をしなくて済むじゃん!
私はね、免罪符が欲しかったんです。
妊娠するため、というよりも
私は、自分が妊娠するとは全く思っていませんでした。
前回の不妊治療をしていた頃もそう。
自分が妊娠して、お腹が大きくなって、子どもを産んで育てる。
そんな未来が、まったく想像できなかったから。
だから、子どもが欲しいという気持ち自体、あまり芽生えてこなかったのかもしれません。
それとも、自分にはできないと思っていたからこそ、欲しいと思う気持ちに蓋をしていたのかな。
今となっては、よくわかりません。
どっちなんだろうね。
ただ、周りから子どものことで気を遣われるのが、曖昧な返ししか出来ない自分がもどかしかった。
それだけ、自分の中にも、見ないようにしていた気持ちがあったのかもしれません。
もし妊娠できたら。
それは、私にとって思ってもいなかった未来。
未知の世界でした。
だから、その世界を想像することすらしなかった。
もしかしたら、想像しないようにしていたのかもしれません。
そんな私が、もう一度、不妊治療を始めることにしました。
夫にも相談しました。
「免罪符が欲しいんじゃ」
と伝えた🥺
そしたら、快く了承してくれました。
頑張ろうって、背中を押してくれた。
今度は、できることを全てやろう
今度は、最初のクリニックのときとは違います。
前回は、近所のクリニックに気軽に行ってみて、言われるままに検査や人工授精を受けました。
でも、原因もわからず、今後の見通しも立たず、治療を辞めました。
今回は、そうではありませんでした。
自分でも調べた。
知り合いにも聞いた。
そして、評判の良いクリニックを見つけました🥳
家から車で片道1時間。
往復2時間。
決して近くはありません🚗
それでも、そこは評判が良く、体外受精もすぐに始められるらしい。
ここなら、できることを進めていけるかもしれない。
そう思いました。
免罪符が欲しい。
周りから子どものことで気を遣われたり、聞かれたり。
そのたびに、どう答えればいいのかわからない。
何度も同じような会話を繰り返す。
めーんどくさかった🙂↕️
不妊治療に限らず、私は曖昧なことを放置するのが苦手で、白黒はっきりさせたいタイプ……なのかな?😂
問題があれば解決して、頭の中のタスクをどんどん消していきたいタイプなんです。
不妊という脳内のタスクを、クリアにしたかった。
自分が妊娠できないという現実に、区切りをつけたい。
答えを持ちたい。
そんな気持ちがあったからこそ、前回の曖昧な不妊治療とは違って、今度はできることを全てやってみようと思えたのかもしれません。
もちろん、クリニックには妊娠するために行きました。
妊娠するために、必要な検査や治療を受ける。
それが、クリニックに通う目的です。
自分の中にあった気持ちを、わざわざ先生に話そうとは思いませんでした。
話したとしても、やることは同じだし……ね?😂
ただ、私の中では、妊娠するために治療を受けることと、妊娠できない自分に区切りをつけたいという気持ちが、同時に存在していただけ。
自分が妊娠する未来は、相変わらず想像できませんでした。
そうして私は、片道1時間かかる不妊治療クリニックへ通い始めることになります。